大変お待たせしました。フランソアはいよいよ徳島県(阿波の国)-発心の道場ーを出て、高知県(土佐の国)-修業の道場ーに入りました。
ではまず今までの経緯から。
十一番札所と十二番札所の間で宿を探している所まででした。
九月五日、12時ごろ、十三番札所大日寺に着きました。
「全て順調」 そしてたくさんの作品写真が送られてきました。
それから突然七日にもらったメールは、
「道に迷って6キロも余計に歩いた。」と。
どうにか第十八番札所恩山寺を見つけ、第十九番札所立江寺の宿坊にたどり着きました。明日はいよいよ「遍路ころがし」の難所です。
「どうか祈ってください!少なくとも車には乗りたくない!フランソア」
九日のメールでは。
「お祈りの応援をありがとう。今日は全く、きちがいじみた一日だったよ。朝7時前に十九番を出て、予約してあったホテルに十時ごろ着いた。実に壮大な景色だったけど、きつかった。十九番へののぼりはまるで夢のようだったよ、下りのひどい辛さに比べたら!
それから遍路の中でも最もきつい第二十番札所鶴林寺への上り道!12個のアートを作り、時間がなくなって、最後の500メートルの険しい階段を走って登り、納経所に転がり込んで御報印をいただく。
その僧侶に聞くと、なんと私が今夜泊まるはずの宿はまだ5キロも先だった!それも険しい下り坂で。ありがたいことにロープウェイがあって、電話で待っててもらって乗ったんだ。ロープウェイの運転手さんが親切にロープウェイのすぐ下の旅館を取ってくれた。なぜって予約してあった宿は山の反対側だったんだ。このロープウェイのふもとの名もない宿は、最近泊まったどこより安くて快適だった。それに温泉があって、二度も入ったよ。
壊れた体を直すのにちょうどいいね。あしたはゆっくり休もうと思う。ロープウェイでまたお寺に戻って、ゆっくり降りて前に予約した旅館に泊まろうと思う。神なる自然にアートの祈りを。」
その後もまだまだメールは続くのですが、あとは彼のアートプレイヤー(アートの祈り)に関することなので省きます。メールで、しかもアルファベットで、こんなに長く書くのは大変です。最後にこう書いてあります。
「それにしてもこの書き方は本当に消耗する...もう寝ます、お休みなさい、フランソア。」
そのあと。
「とても体調が悪いです。第二十一番札所大龍寺で眠った後は、休んでいません、でも頑張って大二十二番札所平等寺へ行きます。フランソア。」
九月十日。フランソアは、ただ今までに送った写真のことを心配して聞いています。いまのところ、フランソアにとって命の次に大事なのはこの作品写真です。私にとっても。
唐突に九月十二日。
「宍喰から尾崎の民宿へ、たくさん歩いた。多分27キロくらい。宿まで後1キロという時、ああどうぞ民宿まで私を飛ばせてと祈ったら、車がやって来て止まったんだ。
私とおんなじ気違い野郎の船乗りが、最御崎寺まで行くから乗せてくれると言ってる。なんて不思議な偶然だろう。私は1キロだけ乗せてもらうことにする。
めちゃめちゃ歩いた結末は、右足首の激しい痛み!あまりの痛さに左足の痛みを忘れるくらい!はは!海岸や漁師の村や海へと続く山々は最高にきれいで感動的。全く違う魅力だけどおんなじ位強く心を揺さぶります。
たった一つ困ることは車が多いこと。
あすは岬を廻って最御崎寺へ。もしかしたらそこの宿坊に二泊するかもしれない。どうなるかな?お休み、フランソア。」
ここに出てくる船乗り云々は、フランソアがふだんオーストラリアで船で暮らしているからです。自分と同じ「気違いセーラーマン」と出会って、喜んでるフランソアが目に浮かびます。
私は比企で合宿中。今こっそり家に帰ってきて急いでこれを書いています。今夜は比企にもう帰れないので、たまっていたフランソアのメールを思い切ってまとめて訳してみました。
長々と読んでくださってありがとうございます。
何度も言いますが、フランソアのアートプレイヤー(アートの祈り)は、16日より比企郡鳩山町の東京電機大学で展示します。是非直接「フランソアのアート遍路」ご覧になってください。
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